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ブラック・ジャック「おとうと」(模写)

学習用に、任意のマンガ作品を、制作過程の「ネーム」段階に還元・再現し、考察する。

参考:『ブラック・ジャック』文庫版7巻(91版) 手塚治虫 秋田書店

なぜこの話を選んだか

『ブラックジャック』(以下BJ)の各エピソードは、どれを選んでも、全て良質の短編となっており、技術の宝庫。

設定上の派手さが抑え目な割に、時代や場面転換のふり幅が大きい、今回のようなエピソードは、多くのテクニックが見られることが予想されたため、学習に適していると思い、選んだ。

技術について

  • めくりの直後、二段目に場面転換を持っていくケースが、10個の見開きのうち、少なくとも三回あった
  • 別のケースでは、ページまたぎで、めくりと共に状況が大きく変化していることもままある(医大進学から、ページまたぎで、もう医者、等)
  • 視線誘導の点から言えば、現代より洗練されてはいない(しかし現代マンガの、想定される読書スピードとは異なっているし、マンガ読書の目的も違うことも考慮されうる)
  • 今回BJ登場コマは22個、うちセリフがあったコマは7個。わずか3割。存在感を出しつつ、話の邪魔をしないため
  • 展開をセリフで説明するコマでは、俯瞰の画面が多い。文字が多くなり、想定読書時間が長引くのに合わせ、画面の情報量も同時に増やすための手法
  • 現代の感覚から言えば、背景を入れすぎな感がある
  • ただ、人物が二人いたり、アクションが大きいコマでは、いさぎよく背景を抜くこともある

構成

(※ 詳しい用語や概念は、シド・フィールドの『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと』を参照)

序盤(冒頭〜P5)

序盤の役割:

読者を物語に引き込むイベント(インサイディング・イベント)を発生させ、その余韻が残る中、物語の世界観の設定、現在置かれている状況、人物を紹介する。大抵の場合は、人物が何かにこだわり、それが原因で、それまでの状況には戻れない、取り返しのつかないイベント(プロットポイント1)が発生し、中盤に移る。

インサイディング・イベント:

初対面の大企業社長から、「わしの息子になっていただきたいのですが / ご都合いかがかな?」

世界観設定:

現代(当時)日本。それ以外は省略。『BJ』の世界観はみんな知っている前提。

状況:

序盤は、大企業の社屋から田舎の民家。置かれている状況に、これ以上の振れ幅は起きない。貧富のギャップの話か? 少なくとも銃撃アクションは起こらないだろう。

人物の説明:
  • BJ…省略
  • 英三…横山兄弟の弟。見た目は鈍重。大企業の社長で、 「息子になってもらう」という無茶を言うことから、差し迫った事情があること、強引で、年月の積み重ねを、実力でねじまげるような意志の力があることが分かる
  • 英一…横山兄弟の兄。病床に伏せる。弟と対照的に貧乏。「20年前」という言葉から、長い年月のスパンで恨みを持つような人物

(このエピソードでは、人物は、中盤の回想で説明されるので、序盤では深く紹介されない)

プロットポイント1(以下「PP1」。何にこだわり、取り返しがつかなくなったのか):

父の死と遺言。
これにより、兄弟の人生を賭けた挑戦が始まってしまう(主に兄)。 しかし、遺言の内容は、息子らが医者になることではなく、「ガンをなおすええ医者を見つけてな…」であり、これは弟→BJ、兄→BJと弟の息子・英治という形で、きちんと守られている。このPP1で示された命題は達成される。

なお、この話を「BJが主人公の話」として読むと、「とりかえしがつかないポイント」は、P2の二段目、社長の説明に、無言で微笑むカット。この段階で「請ける」ことが確定され、この物語から離れられなくなった。 このように、プロットポイントは、「誰の物語か」に着目すると、一つの物語から、複数の物語の線が発生することがある。この性質を利用し、話を多線化させる技巧を駆使する映画監督に、ペドロ・アルモドバルがいる。特に『バッド・エデュケーション』が参考になる。

中盤(P6〜P14)

中盤の役割:

PP1で発生した、「取り返しのつかない事態」が発展する。
新世界にワープしたり、殺人を犯して警察に追われたり、バリエーションは無数にある。
注意点としては、「新しい世界での常識では、何が起こるのか」という、応用を示す必要があることだ。

また、PP1は、主人公のこだわり(欲望)によって発生することが多いが、中盤の「応用された世界」では、主人公の欲望は、周囲の環境から抑圧される。
これにより、主人公は葛藤する。
抑圧は、作者が社会や個人的事情など、世の中に問題として感じているものを投影すると良い。それへの反発として、主人公が「欲望」を貫くことで、主人公=欲望=テーマが一貫性を持つからだ。

中盤は他のパートより長く、だれやすい。物語のちょうど中ほどでイベントを起こし(ミッドポイント)、話を強化・加速させる。
ミッドポイントは、物語全体の中で一番大きなイベントとなることがあるが、大局的にみると、話の方向性を左右しないし、するべきではない。それゆえ、プロットポイント1、2よりやや優先順位が低い。

中盤の最後に、主人公に決断を迫る最後の選択肢が提示され(プロットポイント2)、終盤へ。

応用された世界:

「最低に頭が悪」い弟を、医者にしようと四苦八苦する兄。弟も、「死ぬよりつらい」医者への道を苦労しながら進む。

ミッドポイント:

弟の医者脱落(P11)。

何が主人公の欲望を阻むか:
  • 貧困から、兄弟どちらかが労働をして、医者になる方の経済的サポートをしなくてはならない(「医者は金がかかるよ」)
  • 勉学や医者の仕事に向いていない人間が医者にならなくてはならない(のちに弟は大企業社長になることから、有能な面がある。人間には適性があるが、事情により、適正に反することを強いられることがある)
プロットポイント2(以下「PP2」。主人公に決断を迫る最後の選択肢):

兄は、弟の「息子」に、自身の手術をさせても良いか問われる(ここでは、選択する主体は兄)

終盤(P15〜P20)

終盤の役割:

PP2で迫られた選択肢を決断し、行動に移す。

具体的なアクションが必要。
PP2の段階で頭でっかちになり、ここで何かしらのアクションが入らないネームは、多くの場合良い結果にならない。

それ以外は、グッドEDかバッドEDか、勝利か敗北か、目的達成か頓挫か、物語の構成上では、あまり重要ではない。逆に言うと、ここをどう破壊しようが、物語の構成にはほぼ影響しないので、作者の主義主張を存分に入れやすい、唯一の箇所ともいえる。

主人公のアクション:

兄、偽の息子医者(BJ)ではなく、真の息子医者を探し出し、弁証法的に、父の遺言と兄弟それぞれの目的を一斉に解決する。

構成まとめ

ページの配分は驚くほど精密で、序盤・中盤・終盤で、5P→9P→6Pと、ほぼ1:2:1となる。中間地点のミッドポイントもP11にあり、ほぼ真ん中。
現代作品では、終盤に加速し、大ゴマの頻度も上がるため、こうした構成は難しいが、しっかりと構成すれば、マンガでも、一定の規則に沿ったページ配分を行いうることが分かる。

異論もあるだろうが、このエピソードの主人公は、各PPを主体的に引き受け、ラストに行動を起こす点で、BJでも弟でもなく、兄となる。
むろん、操作のしようによっては、BJや弟を主人公として解釈をやり直すことも可能。兄弟それぞれが欲望を持っているので、それぞれの物語として解釈できる。
ただ、よりシンプルに、この話を構成することを考えるならば、兄が屋台骨として選ばれるべきだ。実際に、そのように作られている。
弟は、中盤ではごっそりと欲望が見られない。こちらを主軸にして考えると、きっと違った物語の構成となる。

この話をどうやって考えるか

この話を最初から最後まで構想するには、どのような思考の筋道を辿るべきか? 考えてみる。

最初に思いついたと思えるのは、以下の弟のセリフ。
「わしの息子になっていただきたいのですが / ご都合いかがかな?」
この強烈さのあるセリフから、それを構成するドラマを作っていく。

医者は治療するもの。にせ息子のBJに治してもらいたいのは、社会的格差のついた兄弟。皮肉さの演出として、患者は勤勉な兄となるべきだ。

弟は、自分か、自分の肉親の手で、病気の兄を治す必要がある。なぜか?
因縁があるためだ。親の遺言に従い、弟が医者になるべきだったのに、自身の性質から、医者の道を逃げ出したのだ。
しかし、兄はもとより、弟も、親の遺言に強いこだわりを持ってしまう。
それにより、このややこしい図式が生じてしまった、と考える。

ここまでの構成要素で、他の構図のエピソードとして作れる可能性はあっただろうか。
「にせ息子の医者」という前提から、「にせ医者の日常」といった、応用された世界を、中盤以降の構成に組み込む選択肢もあるが、それには上記の事情を、短い20P中の、序盤で説明しきる必要がある。これは難しい(また、BJが他の医者に化けて手術に及ぶ話は、それ以外にもやっている。文庫版12巻「身代わり」参照)。

序盤に強めの前ふりと、キャラクターの個性を置き、中盤で事情を説明することで、序盤の前ふりを回収することに。

そして終盤に、「にせ息子」を前提とした、応用を行うことを選択。
と言っても、短い終盤に、手術描写は無理。設定のどんでん返しを一度行い、それで収束を狙う。
どんでん返しは何ができる? 真の息子が現れるのだ。「驚きの登場」も、読者からしたら、終盤に訪れる派手なアクションだ。そして手術室に入る(『BJ』世界では、イコール治る。イコールハッピーエンド)。

この話をさらに良くするには?

基本的には不可能。これ以上ないくらい話が詰まっている。

可能性があるとしたら、弟の方にも、「父の遺言へのこだわり」を抱かせることはできたかもしれない。 現状では、弟は兄の抑圧にもがいている状況。

たとえば、終盤に行く前に、車中で運転手に「何も息子のふりなどさせず、BJに、お兄さんの主治医になってくれと依頼するだけでいいのでは?」と聞かせ、「いや、それでは意味がない。父に誓ったんだ。私が医者になるって。それができない以上、我が息子に、なんとしても治療を行ってもらわなくては…。たとえ偽物であっても…」といった返答をさせる。
弟は弟で狂気じみた妄念がある、と思わせるパートを作る。

ただ、ページ数が増えることになるのに、それに見合った効果があるかどうか、相当怪しい。
また、構成上、中盤の回想では、弟はとうへんぼくに描かれているが、これを「努力はしているがおいつかない」にしなくては不自然になる。しかしそうすると、兄の「勤勉さ」とのコントラストつかず、兄弟どちらも一所懸命なのに目的が達成できない、という物悲しい話になってしまい、コメディにならない。

模写作業まとめ

HPにアップするものでは、第一回となるネーム模写。
まとまった時間がとれず、模写自体に、4日ほどかかってしまった。
さらに構成に関する分析に2日ほどかかっている。

時間短縮と、精度向上のため、必要なことは何か。

【ネーム模写の部】

  • 絵を簡略化。ネームにも背景を入れるのは、構図の勉強になるが、ネーム模写という試みの主旨ではない
  • 枠外のメモは、システム化できるはず。しばらくは本稿のように、思ったものを書いていくが、だんだんと減らしていく
  • 今回、コマ割り→吹き出し→人物と文字という順序で入れていったが、もっと「読むスピードで書く」を目標に、流れ作業ではなく、いっぺんに書いていくスタイルにしたい

【分析の部】

  • シド・フィールド流の構成の分析はOK
  • 「この話をどうやって考えるか」と「この話をさらによくするには?」の項目は、必要であったか要検討。方向性としてはやるべきことではあるが、学習としては、あまり効果的ではない気もする
  • ネームに還元したものを、さらにプロットまで還元させる試みもありか。次回は、上記の試みを辞めて、ネーム、構成の分析、プロット、という形で作ってみる

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